糖尿病網膜症とは糖尿病が原因により網膜の血管が閉塞して循環障害を起こし、網膜や硝子体などに様々な障害を生じて視力低下を招く状態をいいます。
網膜の毛細血管が閉塞することにより、網膜の神経細胞が酸欠状態に陥り無血管野という血液の循環しない部分を網膜に生じます。その結果、眼球内で酸素を補給しようという作用が働き、網膜上に新生血管という非常にもろい血管が出現します。新生血管はとても破れやすいため、そこから血液が漏れ出したり血液内の蛋白質が網膜に漏出し蓄積していきます。新生血管から眼球内に大量の出血を生じる状態を硝子体出血といいます。少量の硝子体出血であれば時間とともに吸収されますが、多量の硝子体出血を生じて1ヶ月以上、吸収されない場合や少量の硝子体出血でも繰り返し出血を生じ、長期間に渡って眼球内に硝子体出血が存在している状態が続くと増殖膜という悪い膜を生じてきます。増殖膜が悪化すると牽引性網膜剥離を生じ硝子体手術が必要となります。
網膜上の新生血管に対し治療を行わず放置すると、房水の排出口である線維柱帯まで新生血管が入り込みます。その結果、線維柱帯から房水の排出ができなくなり眼圧が上昇する、血管新生緑内障という治療に抵抗性の悪性度の高い緑内障を発症します。この状態になってしまうと、最終的に失明に至る可能性が高くなります。
網膜は眼球の奥にあり、眼科的な診察を行わないと外から眼底の状態を見ることはできません。また糖尿病網膜症を発生しても初期には全く症状は無く、かなり進行して硝子体出血などを生じなければ視力低下などの自覚症状は出現しません。そのため糖尿病網膜症を発症しても自分では気付かずに放置し、病状がかなり進行して自覚症状が現れてから眼科を受診し、治療が手遅れになって失明に至る患者様が多くみられます。
また糖尿病に罹患したからといって直ぐに糖尿病網膜症を発症する訳ではありません。血糖値が極端に悪い症例では数年で発症する場合もありますが、糖尿病になってから平均的には7〜8年後に糖尿病網膜症を発症する場合が多くみられます。
糖尿病網膜症の進行度は単純、前増殖、増殖の3段階に分類されます。初めのうちは軽い網膜症であっても血糖値などの影響によりも徐々に進行し重症度を増していきます。
単純糖尿病網膜症
右眼)後極部眼底写真
左眼)後極部眼底写真
右眼)乳頭周囲眼底写真
左眼)乳頭周囲眼底写真
左眼)網膜光凝固 施行前
左眼)網膜光凝固 施行後
左眼)網膜光凝固 施行前
左眼)網膜光凝固 施行後
左眼)前増殖糖尿病網膜症
黄斑浮腫
左眼)黄斑浮腫
硝子体注射前
左眼)黄斑浮腫
硝子体注射後
眼科治療技術が目覚ましく発展した現在でも、失明原因の第1位はこの糖尿病網膜症です。(第2位は緑内障、第3位は加齢性黄斑変性症)これは、病状が進行してから眼科を受診する糖尿病網膜症の患者様が多いことが原因と考えられます。糖尿病の患者様は糖尿病網膜症について知っていても、初期の網膜症では全く視力に影響がなく、自覚症状が乏しいため、あまり積極的に眼科的受診をしません。そのため受診した時には糖尿病網膜症がかなり進行して治療が手遅れになっている症例が多いのです。
自覚症状が出始める前増殖糖尿病網膜症以降では、網膜光凝固術を施行しても視力予後が不良になってしまう場合が多いので、定期的な眼科的な検査と適切な時期の治療が重要です。そのためにも糖尿病と診断された場合には、眼科的な自覚症状が無くても定期的に眼底検査を受け、早期に発見し早期に治療を受けることが視力予後にとって大切なポイントになります。
糖尿病網膜症以外の糖尿病眼合併症としては糖尿病白内障、血管新生緑内障、糖尿病性角膜障害、糖尿病虹彩炎、一過性の眼筋麻痺による眼球運動障害などがあります。
糖尿病白内障は比較的、若い年齢から発症し加齢性の白内障に比べて進行が早いため、50〜60歳で手術の適応となる患者様が多くみられます。
初診時に血管新生緑内障緑内障や糖尿病虹彩炎を発症している症例では、糖尿病網膜症がかなり進行していて、殆どの方で早期の網膜光凝固による加療が必要となります。
これらの眼合併症は網膜症の治療方法とは異なり、点眼薬や内服薬で治療することが多い疾患ですが、網膜症と同様に早期発見および早期治療が重要となります。